
4月も終わりに差し掛かるころ、窓側に用意された自分のデスクで冬美はうつらうつらとしていた。昼ごはんを食べ終えた後、程よい満腹感と春の陽気によって冬美の意識はゆっくりと旅に出ていた。ぼんやりと聞こえてくる誰かのタイピング音が心地よい。
瓜田冬美は今年の4月の初めに「はてな探偵事務所」に入社した新卒社員である。2年前の大学生のころに元カレとのちょっとしたトラブルをこの事務所に解決してもらったことがあり、その後に冬美の個人的な事情で求人に応募してみたところ、あっさり採用されてしまい今に至る。
入社したばかりのころは、名探偵コ〇ンのように殺人事件を推理して解決する、そんな「格好いい探偵」をイメージしていたが、実際は浮気調査や行方不明の人を探し出すような地味な仕事ばかりで少しがっかりした。まぁ薄々そんな気はしていたのだが。
いよいよ本格的に意識が遠くなってきたころ、ぽんと誰かに肩を叩かれた。びくっとして振り向くと坊主頭の男がニヤニヤしながら立っていた。
「おやおや、お昼寝とはずいぶん余裕のある新入社員だねぇ」
男はそう言って鼻で笑うと自分の坊主頭を掻いた。この男の名前は中村和俊、今年28歳になる先輩社員で冬美の研修係でもある。仕事はそつなくこなすが、いつも冗談を言ってはヘラヘラしている、どこか軽薄そうな男だ。冬美が以前それとなく他の社員に聞いてみたところ、どうやら彼女はいないらしい。2年前に冬美のトラブルを担当した探偵でもあるが、中村はそんなことは全く覚えていなかった。
「別に…休憩時間なんですからいいじゃないですかぁ」
冬美は中村にばれないように軽く口元をぬぐってから反論する。
「そりゃあ僕も休憩時間ならこんなことは言わないんだけどねぇ」
と言いながら中村は冬美のデスクの卓上時計を人差し指で軽く小突く。確認すると時刻は1時17分、とっくに昼休憩は終わっている時間だった。慌てて周りを見渡すとほかの社員たちが自分の席で仕事をしながら笑っていた。
「…すみませんでした。えっと…その、暖かくってつい…」
冬美は伏し目がちに謝罪した。
「ははは、まぁ気にしなくてもいいよ、この時期にこの席は眠くなるよねぇ」
中村はそう言いながら自分のデスクから椅子を運んできて冬美の隣に並んで座り、片手に抱えていたノートパソコンを冬美のデスクで開いた。
「それじゃぁ冬美君も起きたし研修といこうか」
中村はそう言ってPCの「研修」と書かれたフォルダを開くと、そこには1つの動画ファイルが入っていた。
「今日も法律の勉強ですか?」
入社してからずっと探偵業務に関わる法律について、しこたま叩き込まれた冬美は少し嫌そうに中村に尋ねた。
「そんな嫌そうな顔しないでよぉ。…まぁそう言うと思って今日は気分転換にちょっとした頭の体操でもやろうか」
中村がそう言うと周りで聞いていた社員が「お、出た出た中村ミステリー」とか「お前がやりたいだけだろ」等と口々に軽いヤジを飛ばした。
「いやいや、これはれっきとした研修だからね」
中村がそう言うとほかの社員は半笑いで自分の仕事を再開した。社員10人程度の小さな事務所はいつもこんな感じで朗らかな空気が流れていて、冬美はそれが好きだった。
「頭の体操って何をするんですか?」
冬美が尋ねると中村は相変わらずニヤニヤしながら
「まぁ探偵らしく、とある事件の謎解きでもしようかな」
「謎解き…ですか。犯人あてとかそういうやつですか?」
「まぁ…そんなところかな。今から冬美君には、とある事件現場で発見されたビデオ…いや時代的にスマホかな、まぁなんでもいいけどそこで撮影された動画を観てもらう。」
「それって…殺人事件とかそういうやつですか?ちょっとまだそういうのは心の準備が…」
冬美が恐る恐る質問すると中村は鼻で笑った後、少し意地悪そうに
「おやおや、仮にも探偵を志す者がそんなメンタルで大丈夫かねぇ」
と言った後に続けて、
「まぁ探偵といっても実際にそんな殺人事件なんかに関与することはないけどねぇ。安心していいよ、これは僕と友人達で研修用に作成したビデオで、あくまでフィクションだから。安楽椅子や時計型麻酔銃なんてものは物語の中でしか存在しないのさ」
と答えた。冬美はほっと胸をなで下ろしたあとに、
(安楽椅子は存在するんじゃ…?)
と心の中でツッコミを入れる。
「さて…この事件の内容は、とある家で犯人が4人を殺害、その後犯人も後を追って自殺…といった感じかな」
「はぁ…じゃぁ私はその犯人を当てればいいってことですか」
冬美がそういうと中村はニヤリとして
「ちなみに犯人の名前は”中村”だよ」
と答えた。
「…え?すでに犯人はわかってるんですか?というより中村って…」
「あぁ、このビデオは僕と友人で作成したからね。ちなみに僕も動画に登場するよ」
「ということは中村さんが犯人なんですね。犯人あてじゃないなら殺害方法とかトリックを当てるんですか?」
「いや、殺害方法やトリックは常人には到底不可能な方法だからそれは当てなくていいよ。あと動機とかそういうのも一切考慮しなくていい」
「じゃぁ犯行場所とかですか?」
「あぁ、犯行場所は犯人の中村の家だよ。」
「…なんですかそれ?それじゃあいったい何を推理するんですか?」
「まぁまぁ。とりあえずこのビデオを観てよ」
そういうと中村は動画の再生ボタンをクリックした。

お前今それ倒せただろ、へたくそだなぁ
いやこれ今コントローラー反応しなかったんだけど
言い訳すんなよ~
は?いや言い訳とかじゃねぇし。なんか別のコントローラー無いの?

お、なんかベットの下になんかあるぞ?
新しいコントローラー?
お前いつまでコントローラーのせいにしてるんだよ。ベットの下にあるものなんて相場はエロ本とかだろ
それはお前だけだよ

エロ本はなかったけどこんなものがあったわ
SMグッズじゃねぇか!
お前冬美もいるんだからそんなもの出すなよ~

とりあえず中村に着けようぜ
やーめーろーよー
やめろとか言いながら全然抵抗してねぇじゃねぇか
装着しやすいように自ら両腕を差し出すな



あははははは
なんだよこれ
冬美もドン引きしてるじゃねぇか
冬美すげぇ顔してるぞ
マネキンみたいな顔してるな
おいあんまそういうこと言うな。一応ちゃんと人間の設定なんだから

んじゃちょっと酒買ってくるわ
俺もトイレ借りるわ
お~い!俺を放置すな~!!
めちゃくちゃ嬉しそうだなお前
普段からこういうことしてるんだろうな
ちょっと~~~~!!

うおっ停電?
ちょっとまてなんでこんなに暗いんだよ、まだ15時だぞ
日照権とか無いんかこの部屋!
ちょ、踏むな踏むな
あ、ごめんごめん

あ、直った。お~いだいじょ…うぉっ!
どうした?ってうわっ!冬美!?
え?まさか…死んでる?
首に紐が…
胴体も真っ二つに…
それは元から

あの停電の瞬間か…?
あの時部屋にいたのは…
え?…お、俺は違うぞ!?

ほ、ほら!これ!手錠つけてるし!俺には無理だって!!
…その手錠をつける時全然抵抗しなかったよな
まさか…そうやって自分に疑いの目を向けさせないようにするために?
いやいやいや!本当に俺じゃないって!俺には無理だって!
いや、お前に不可能は無いだろ、天才なんだし
…確かに。超天才全知全能知勇兼備の中村ならそれも可能か…!
いやいやいや!さすがのハイパーエレガントジーニアスな俺でもこれは無理だって!!

できねぇの?所詮は口だけか…
は?
自分で天才とか言ってるくせにこんなこともできないんだな
はぁ~?
何がハイパーエレガントジーニアスだよバカみてぇな横文字使いやがって
…るよ。
え?なんだって?クソ無能ボケ坊主?
やってやるよぉ!!!
いよっ!さすが中村!!

こんなもんなぁ!こうやってこんな感じでぇ!
すげぇ!全く何してるかわからねぇけどどんどん冬美の首に紐が巻かれていく!
関節とかどうなってんだアレ!!
うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!
あ、でもさっき停電してたけど見えない状態でできるのかな
まぁ中村ならできるだろ、天才だし
それもそうか

これでどうだー!!
すげぇ!5秒くらいで冬美の首を絞めた!
靴下めちゃくちゃ穴空いてるけどすげぇ!!
靴下のかかとだけあんなに穴空くことある??

やったー!!できたよー!!
さすが中村だぜ!!
ばんざーい!!!


あはははははははははは!!!

んじゃ縛っとくか
だな、犯人中村って分かったし
さっきまであんなにはしゃいでたのに…サイコパスか?
お前にだけは言われたくねえよ、かかと穴空き靴下野郎がよ
そうだそうだ。小学三年生の頃にクラスメイト全員の前でおしっこ漏らしたくせによ
そういうマジの悪口はやめて?

それにしても中村が犯人か…。まぁいつかやるとは思ってたが…
シンプルに失礼だなお前
いやぁしかし中村が…殺人犯?
どうした?
…こんな殺人犯と同じ部屋にいられるか!俺は出ていく!
おい!完璧なフラグを建てるな!
犯人捕まえたあとで言う台詞じゃねぇだろ!いや!俺じゃないけど!!

うわっまた停電!?
どうなってんだよこの家!
え?なに?また停電したの?ちょっと都に文句言いに行こうぜ
あ、コイツ目隠ししてるから停電したのわからないのか

あ、停電直っ…さとおぉぉぉおおぉぉ!!
え?なに?佐藤?
佐藤が死んだ!!
フラグ回収爆速かよ

お前!冬美だけじゃ飽き足らず佐藤までも…!!
え?いやいやいやマジで俺じゃないって!!
こんな両手両足拘束された状態でどうやって…?
だからマジで俺じゃないから!流石に今回は俺でも無理だって!

出来ないの?
流石の俺でもこんな両手両足拘束された状態で誰かを殺害なんて無理
…やっぱり口だけかぁ
はぁ?
まぁ凡夫かつ無知蒙昧、愚鈍で怠惰な中村には無理だよな
…きらぁ
所詮は何にもなれない腰抜け探偵の敗北者じゃけェ…!
できらぁ!!
じゃぁ目隠し拘束された状態で佐藤を殺してもらおうか!!
え?目隠し拘束された状態で佐藤を!?

たとえ両手両足拘束されててもなぁ!こんな感じでこうやってぇ!
すげぇ!なんかよくわからないけどあやとりみたいになってる!
適当なサイズのわっかを作って音の方向を頼りに紐を投げればなぁ!!
あぁ!紐がなんか…こう…良い感じに…ええっと…うん!佐藤の首に絡まった!

こうだーーーーー!!!
すげぇ!まじでやりやがった!!
よっしゃぁああああああ!!!!

やったぁああぁぁぁあ!!褒めて褒めてぇ!!
流石中村だぜ!!もうお前に不可能は無いぜぇ!!
俺は無敵だぁあああああ!!!
YEAH!!!!!!!!

あははははははははは!!

これでよし…と
んーーーーーー!!!!!
とりあえず布団と紐で簀巻きにして猿轡を嚙ませたけど…
んごほっふぉあ!!!
ドMのハンニバル・レクターみたいになっちゃったな
ふぐぬんふぅあ!!

まぁでもここまですれば流石の中村も何もできないだろう…
…
いくら天才だとしてもこうしてしまえばただの無能だな!
…
もう超能力でも使えない限り誰かを殺すことはできないな!
…
あははははははははは!

マジで???

うおっ停電!?
…
あ、終わったわこれ

…

…



「…ひどい出来ですねぇ」
ビデオが終わると冬美はあきれたようにつぶやいた。
思わず正直な感想が出てしまった。今まで出来の悪いB級映画を何回か観たことはあるが、いま観た動画はそんなものとは比較にならないほど最低クラスのクオリティだったからだ。
「まぁみんな素人だからねぇ」
動画内でも冗談を言いいながら終始ニヤニヤしていた中村は全く同じ顔をしながら冬美を見つめている。
「さて、謎は解けたかな?」
「謎と言われましても…。最初に中村さんが言った通り、犯人の中村さんが3人を殺害した後に自殺した…それだけですよね?なんか全体的にギャグテイストでしたけど」
冬美が呆れた顔でそう答えると中村は待ってましたと言わんばかりに、
「あぁ!残念だけどその答えじゃ0点だねぇ!」
と高笑いしながら答えた。
「え?どういう事ですか?」
「僕が最初になんて言ったか覚えてないかい?」
「犯人は中村ってやつですか?」
「いや、それじゃなくて」
「トリックや犯行動機も考えなくていい?」
「…おやおや。君は意外と物覚えが悪いねぇ」
「…じゃぁほかに何だって言うんですか?」
冬美は少しムッとして中村に質問した。すると中村は指を鳴らして得意げに口を開いた。
「僕は最初、犯人は4人を殺害してその後に自殺した…と言った筈だよ?」
「…あ」
「君は3人を殺害した後に自殺した…と言ったけど、これじゃぁ0点だねぇ」
「…あぁなるほど。つまりこれは犯人あてじゃなくて被害者あて…ということですね」
「さぁどうだろうねぇ?まぁ好きに捉えてもらっていいよ」
中村は意地悪そうに答えた。冬美はその顔を見て動画を観る前にほかの社員がヤジを飛ばしていたことを思い出し、
(研修というのは建前で本当は自作のミステリーをお披露目したいだけ)
ということを察した。そういえば普段の中村は休み時間に何かしらのミステリー小説を読んでいることを冬美は思い出した。おそらくミステリー小説好きが高じて自分でも作成しているのだろう。
「まぁ研修なら謎を解くしかないですね…」
「そう来なくっちゃ!」
中村は嬉しそうに手を叩いた。普段のニヤニヤした顔ではなく純粋に嬉しそうな笑顔を浮かべている。
「…まず最初に確認したいんですけど、中村さんは嘘はついてないですよね?」
「なるほど。いわゆる”信頼できない語り手”ということだね?それなら僕が言ったことに一切嘘は含まれていないよ」
「わかりました。次に聞きたいんですけど、動画内に登場した人物は全員死亡していますか?」
「もちろん。出来が悪いから死んでる風に見えなかったかもしれないけど、全員死んでいるよ。あ、もちろん”死んだと思っていたけど実は生きていた”なんてことも無いよ」
「…わかりました」
冬美は中村が言ったことを確認した後もう一度動画を観る。相変わらず出来の悪いその動画で最初の殺人、つまり冬美が死んだシーンで動画を停止して冬美は口を開いた。
「なんでこのマネキンは私と同じ名前なんですか?」
「いやぁただの偶然だよ。この世には同姓同名の人間なんて腐るほどいるだろう?」
「…そうですか」
意地悪そうに答える中村の顔を見るにおそらくわざと同じ名前にしたのだろう。冬美はしばらく考えて中村に質問した。
「”実は冬美は妊娠していて、殺害された瞬間におなかの中にいた赤ちゃんも亡くなった”から犯人は4人を殺害していた…とかですか?」
「一番最初にその答えがでるとはねぇ。君は案外サイコパスの素質があるのかもね」
中村はからかうように答えた。
「だけど残念ながらその答えは外れだね。さすがの僕も会社の後輩と同じ名前の登場人物を勝手に妊娠させたりはしないよ。今はセクハラだなんだとうるさいからねぇ」
「…やっぱりわざと同じ名前にしたんですね」
中村は「しまった」と小声でつぶやいた。どうやら動画内のマネキンに冬美と名付けたのは確信犯のようだ。
「勝手に同じ名前を付けて殺害するのはいったい何ハラスメントなんですかねぇ」
「あぁいや、まぁ…ごめんってぇ。それにほら、案外これがヒントになるかもよ?」
「…はぁ。まぁ別に私はそういうの気にしないんでいいですけど」
「ははは。まぁそれならよかったよ」
冬美は小さなため息をついた後、再び動画を再生した。動画内の中村はよくわからない方法で冬美マネキンの首に紐を巻きつけている。
「この殺害方法やトリックとかは考慮しなくていいんですよね?」
「うん。犯人の中村は天才で常人には不可能なこともできちゃうすごい人だからね」
「それ自分で言ってて恥ずかしくないんですか?」
「おやおや、あくまで僕は犯人の中村について言っているのであって僕のことを言ってるわけじゃないよ?…まぁこの僕もそれなりに天才だけどね?」
「…そうですか」
一体どこからそんな自信が来るのかはわからないが、とりあえずトリックについては考えなくてよさそうだ。そうなるとやはりこれは”被害者あて”ということになるんだろう。冬美は引き続き動画を再生した。
動画を再生するとしばらくして佐藤が亡くなったシーンになった。冬美はまた動画を一時停止して中村に尋ねる。
「次に2番目の被害者の佐藤さんが亡くなったと…」
「うんうん。彼は完璧な死亡フラグを建てた次の瞬間に殺害されたねぇ」
「さっき言ってましたけど”実は生きていた”とかじゃないんですよね?」
「もちろん。この瞬間に確実に佐藤は亡くなっているよ」
「…ふぅん」
冬美はしばらく黙って思考を巡らせてみたが特に思いつくことはなかった。その様子を見て中村は嬉しそうにしている。
「悩んでるねぇ」
「一応確認なんですけど”実は佐藤が女の子で妊娠してた”とかではないですよね?」
「君はその答えが好きだねぇ…。もちろん外れだしこの動画の登場人物で女の子は冬美だけだよ」
「…まぁ、そんな気はしてましたけど」
いよいよわからなくなってきた。現段階でわかっていることは犯人が中村で被害者は4人ということを冬美は今一度頭に入れ、続けて動画を再生する。
拘束された中村が超能力でナイフを浮かばせているシーンで一時停止して冬美は中村に尋ねた。
「この中村さんは超能力を実際に使えるんですか?」
「もちろん!彼に不可能は無いからね」
「じゃぁその”超能力で部屋の外にいる人を殺害した”?」
「それも外れだねぇ。今回の事件はすべて犯人の中村の部屋の中だけで行われているよ」
「”動画の前に1人殺害していて、部屋のどこかに隠していた”とかは?」
「それも違うねぇ」
「…嘘はついてないんですよね?」
「もちろん。まぁ君が勘違いして重大なことを見逃してるかもしれないけどねぇ」
冬美は黙って動画を再生する。画面が真っ暗になった次の瞬間小林が横たわっていて、それを見た中村が…といったところで動画は終了した。もう一度見直してみたが特に怪しいところはなかった。
「最後の中村さんは死んでるんですよね?」
「うん。最後のシーンで動画に写ってる中村は死んでいるよ」
「うーん…。この事件の犯行はすべて停電した瞬間に行われているってことでいいんですよね?」
「その認識で大丈夫だよ。犯人の中村はすべて停電したシーンの間に犯行に及んでいるよ」
この後何回か動画を再生してみたが特に怪しい点は見つからなかった為、冬美はほとんどお手上げだった。どんなに目を凝らしてみても動画に登場している人物は冬美、佐藤、小林、中村の4人だけだった。
しばらく悩んでいるといつの間にか仕事をしていたはずの他の社員が冬美のデスクの周りに集まって一緒に動画を観ていた。仕事はしなくていいのだろうか?と冬美は半ばあきれていたところ、突然動画を観ていた社員の一人が叫んだ。
「あ!わかった!!そういうことか!」
「お、分かりましたか?」
中村は嬉しそうに叫んだ社員に尋ねる。
「分かったけどねぇ…。これはちょっとズルいんじゃない?」
「あら?僕は一切嘘をついたりはしてないですけど?」
「お前は結構そういうところあるよなぁ…。まぁでも頭の体操にはなるかもな。」
叫んだ社員は納得した様子でうなずいている。しばらくするとほかの社員も口々に「分かった」とか「なるほど」などと言って自分のデスクに戻って帰宅する準備を始めた。慌てて時計を確認するといつの間にか時刻は終業時刻をとっくに過ぎていた。
「…すみません、お手上げです」
冬美は諦めて中村に降参を告げた。
「あらら…。ちょっと難しすぎたかな?」
中村は意地悪そうにそう答えた。
「…もう私の負けでいいんで答えを教えてくださいよぉ。結局被害者は誰だったんですか?」
「やれやれ…。本当にそれでいいのかい?」
「いいです!被害者は誰なんですか?」
中村は満足そうに鼻を鳴らした後にゆっくりと口を開いた。
ー解決編ー
「…それじゃあ答え合わせをしよう。ズバリ今回の被害者は冬美、佐藤、小林…そして
中村の4人だよ」
「…え?」
「だから被害者は動画に登場した4人だって」
「いやいやいや!中村さんは犯人なんですよね?」
「おや?僕は”犯人の名前は中村”と言っただけで”動画に写ってる中村が犯人”とは一言も言ってないよ?」
「…あ」
言われてみれば中村は”自分が犯人”とは一度も言ってないことを冬美は思い出した。冬美は”犯人の名前は中村”という情報を聞いて”犯人が先輩社員の中村”であると勘違いしていたのだ。
「…ということは動画内に登場する中村さんは犯人じゃないってことですか?」
「そういうことだね。君は僕が人殺しをするような奴に見えるのかい?」
「…まぁ、はい」
「失礼な奴だなぁ」
中村は半笑いでそう答えると続けて冬美に質問した。
「で?犯人はわかったかい?」
「え?いや、分からないです。動画に他の中村なんて人いましたっけ?」
「あぁ、ちなみに”マネキン冬美が中村だった”なんてことも無いからね」
「えぇ?じゃぁ誰なんですか?もう一人の中村って?」
「やれやれ…。僕は一番最初にこういった筈だよ?とある事件現場で発見されたビデオを観てもらうって。つまりこのビデオを撮影した人物がいるよね?」
「…あ。」
「そう、つまりこの事件の犯人は”この動画を撮影していたカメラマン”だったってことさ。そしてその犯人の名前が”中村”だった。最後に犯人の中村はこのビデオの後に自殺していたところを発見されたってのがこの事件の真相だね」
「えぇ…」
冬美は納得のいかない顔をしている。確かに言っていることは理解できるがそれはなんだかズルくないだろうか?
「納得いっていないみたいだねぇ」
「そりゃまぁ…。ずっとしゃべらないで撮影してるのも変だし」
「まぁでも僕は”犯人の中村”と”動画に写ってる中村”とかわざわざ言い換えてヒントは出していたからねぇ。もう一人の中村の可能性にたどり着かなかった君の落ち度だよねぇ」
「それは全部動画に写ってる中村さんのことだと思うじゃないですかぁ」
「僕はそんなこと一言も言ってないよ?」
「それはそうですけどぉ…」
冬美が悔しそうに答えると中村はニヤニヤしながら、
「せっかくヒントとして君と同じ名前の人を出演させたんだけどなぁ」
と答えた。
(なるほど。それでわざわざマネキンに私と同じ名前を付けたのか…。同姓同名の犯人の可能性を思いつかせるために…)
冬美は中村が言っていたことを思い出して悔しがる。
「そういえば犯行方法は常人には理解できない方法とか言ってましたけど…」
「ふむ。あの一瞬の停電でカメラマンの中村がどうやって犯行に及んだか君には理解できるのかい?」
「あぁ…そういうことですか」
「…まぁちょっと納得いかないところもありますけど、今回は私の負けです」
「探偵を志すならこのくらいの殺人事件は解決できないとねぇ?」
「実際に殺人現場に行くことなんてないって言ってたし、別にいいじゃないですかぁ」
「ははは、まぁそうむくれないで、ね?つまらない研修の気分転換にはなっただろう?」
「それは…まぁ、確かに楽しかったですけど」
「それならよかったよ。まぁ明日からはまたつまらない法律の勉強だけどね」
「えぇ…」
冬美はがっくりとうなだれた。いつの間にか他の社員は全員帰宅したようで、小さな事務所には冬美と中村の二人だけだった。中村が自分のデスクに戻り帰宅する準備をしているのを見て冬美も慌てて帰宅の準備を始めながらゆっくりと口を開いた。
「…そういえばなんで冬美はマネキンだったんですか?別にマネキンじゃなくても知り合いの女の人に頼めばよかったんじゃ…」
「僕に女の知り合いがいるとでも?」
「…ふふっ」
冬美は少しからかうように笑って、嬉しそうに中村に話しかけた。
「…あの、中村さん。その…今回の謎解き、結構楽しかったんで、もしよかったらおススメのミステリーとかあったら…」
「お、いいねぇ!そうだなぁ、個人的には〇〇もいいけど…。あぁそうだ!今回僕が参考にしたミステリー小説があるからそれなんてどうかな?」
「それはもうネタバレしちゃってませんか?」
「ははは、確かにね。まぁでもちょっと頭の鈍い君にはミステリーはいいかもね!頭の柔軟体操になるからね!」
「…そういう中村さんも大概鈍いと思いますけどねぇ」
「あら失礼な。まぁそんな頭の鈍い僕におすすめの本とかあったらいつでもおススメしてよ!」
「…わかりました。中村さんにぴったりの本を探しておきますね」
「それは楽しみだねぇ。…よし!それじゃあお先に!」
中村はそういうとそそくさと事務所から出ていった。
しばらくして冬美も帰宅の準備を済ませて事務所から出た。冬美は事務所のカギをかけながら小さくため息をついた後、
(さて、鈍い中村さんにおススメの恋愛小説でも買って帰ろうかな)
とかわいらしい笑みを浮かべるのであった。
作: ちゅうわっと